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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)1948号 判決 1979年2月22日

控訴人

株式会社コンシユーマ・クレジツト・クリアランス

右代表者

玉木英治

右訴訟代理人

吉川彰伍

右訴訟復代理人

前島良彦

被控訴人

小林正樹

被控訴人

白石仁志

右両名訴訟代理人

奥村孝

石丸鉄太郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人代理人は、「原判決を取消す。被控訴人らは控訴人に対し、各自金五〇〇万円及びこれに対する昭和五一年一二月二一日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人ら代理人は、主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠の関係<省略>

理由

一被控訴人白石が神戸市生活情報センター(以下情報センターという。)の所長であつたこと、同人が、昭和五一年一〇月一三日、サンケイ新聞記者矢野一夫ほか数名の新聞記者に対し、「一〇年前の月賦代金について残金を支払えとか、支払わないと法的手段をとるとかの通知が信用調査会社から送られてきて困つている旨の苦情が市民から寄せられた。この件については、法的にも社会的にも問題があり、不穏当である。」と公表したことは、当事者間に争いがない。

二<証拠>によれば、右公表により、翌一〇月一四日付サンケイ新聞、毎日新聞、神戸新聞及び読売新聞の各朝刊に、「ご注意! 悪徳債権取り立て履行」等の見出しにより、右公表内容が記事として掲載されたこと、毎日新聞及び神戸新聞の各記事では、前記信用調査会社は控訴人会社であることが明記されているが、サンケイ新聞及び読売新聞では「東京都新宿区の信用調査会社」とのみ記載されていること、しかし、右いずれの新聞も、控訴人のやり方は違法ではないが、不穏当である旨の情報センター又は神戸市消費者苦情処理委員会(以下苦情処理委員会という。)の見解が掲載されていることの各事実が認められる。

三そこで、被控訴人白石の前記公表が、国家賠償法第一条第一項の「公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて」した行為であるかどうかについて判断する。

まず、<証拠>によれば、情報センターは、昭和四九年四月一日施行の神戸市条例第二三号により設置された神戸市の機関であり、その主たる事業内容は、(1)生活に関する各種の情報を収集すること、(2)生活に関する的確な情報を提供すること、(3)消費生活に関する苦情を処理すること等であることが認められる。すなわち、情報センターは、消費者保護基本法に基づいて神戸市が設置したものであり、右事業内容を執行すべき行政機関であるから、右情報センターの所長である被控訴人白石は、公権力の行使に当る公務員に該当するというべきである。

次に、<証拠>によれば、神戸市在住の市民から情報センターに対し、昭和五一年三月二九日、控訴人に対する苦情の申出があつたので、苦情処理委員会(会長石田喜久夫)は、同年五月八日から一〇月九日までの間に四回にわたつて委員会を開催して審議し、その結果、右一〇月九日開催の委員会の審議において、「法律知識が乏しい一般消費者に対して、覚えのない債権、すでに弁済により消滅した債権は支払う必要はなく、支払命令に対しても異議申立等によつて対処すればよい旨を、対象者に周知させるために新聞等を利用して情報提供すべきこと」を示唆したこと、右示唆により、情報センターは、同月一三日、センター条例に基づき、市政記者クラブにおいて情報提供を行なつたところ、新たに三五軒の同種苦情の申出があつたこと(一〇月一三日前記のとおり公表したことは、当事者間に争いがない。)、控訴人に対する苦情は、昭和五二年一〇月一五日までに五八軒に達したこと、以上の各事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。右認定事実によれば、被控訴人白石は、情報センターの所長の職務として、前記公表を行なつたものと認めるのが相当である。

四ところで、公権力の行使に当る公務員が、その職務を行なつうについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたきは、その公務員の属する国又は公共団体が、その被害者に対して賠償の責に任じ、職務の執行に当つた当該公務員自身は、被害者に対して、直接にその責任を負担するもではないと解されるところ(最高裁判所昭和三〇年四月一九日判決。民集九巻五号五三四頁参照)、被控訴人白石が国家賠償法第一条第一項にいう公権力の行使に当る公務員であり、また、前記公表が職務行為としてされたものであることは、前記認定のとおりである。してみると、仮りに控訴人白石がした前記公表行為が違法であり、これによつて控訴人が損害を被つたとしても、その賠償を神戸市に対して請求するのは格別として、被控訴人白石に対して直接これを請求することは許されないものというべきである。したがつて、控訴人の被控訴人白石に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当というべきである。

五次に、被控訴人小林が神戸市市民生活部長であつたことは、当事者間に争いがない。

ところで、民法七一五条第一項の「事業ノ執行」には、国又は公共団体の公権力の行使は含まれないと解されるから、被控訴人小林は、同条第二項の「使用者ニ代ハリテ事業ヲ監督スル者」には該当しないというべきである。したがつて、同条第二項を根拠とする控訴人の被控訴人小林に対する請求も、理由がないというべきである。

六以上のとおり、控訴人の被控訴人らに対する本訴請求は、いずれも失当であるから、これを棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(枡田文郎 日野原昌 山田忠治)

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